理事長挨拶

髙木辰哉

 現代では皆さんの中で、生涯でがんに罹患する方は2人に1人いるとされています。正確な数字はわかっていませんが、大きな施設でのがん登録と骨転移の患者さんの数をみてみると、がんに罹患した方の8-10人に1人は、臨床的に診療対象となる骨転移を発症することが知られています。日本において、おおよそ年間10万人程度があらたに問題となる骨転移患者さんが出てくることになります。これは、乳がんに罹患する方よりもやや多い数になります。

 骨転移は、適切な診療を行わないと、疼痛が残ったり、骨折や下肢麻痺をきたしたりして、ご自身で動くことが困難になります。痛くてたまらない、排泄を含めて、ご自身で思うように動けない。これはもちろんご本人には非常につらいことですし、何よりも人間の尊厳が揺さぶられる事態です。介護が必要になることで、ご家族を含めた周囲の負担や、経済的・社会的な問題も絡んできます。皆さんご自身やご家族が、骨転移に罹患してしまったことを思い浮かべてください。できるだけ適切な診療によって、痛みを軽減し、少しでも動ける状態を維持したいと思われることでしょう。
 残念ながら現代の日本で、がん骨転移に対する教育や診療は、決して満足のいく状況ではないことも事実です。今も多くの方々が、骨転移による症状で、がんの治療が継続できない、働けなくてつらい、生活するのに苦しい、痛みで何も考えられないなどの状況になっています。ただ、少しずつ、骨転移に対する意識が、医療者の中でも変わり始めており、光は見えてきています。
 私たちは、2010年ごろから整形外科医を中心に、骨転移に対する診療体制の構築を、各施設で行ってきました。骨転移の診療には、整形外科医だけではなく、がん診療医はもちろん、放射線科医、リハビリテーション医、緩和医療医などの医師、理学作業療法士、看護師、薬剤師、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーやケアマネージャーなどが、患者さんを中心に連携・協力していくことが求められます。このような職種・診療科横断的な骨転移診療への取り組みへの流れを絶やさず、広げることができるように、活動を継続していきたいと考えています。
 現在の日本の医療は、高齢者の増加のみならず、身近に健康について相談できる医師がおらず、病気にならないと医師にかかれない、多くの合併症を抱えた患者さんを総合的に診ることができるかかりつけ医が少ない、医療と予防などの公衆衛生の連携ができていない、施設間での医療格差が依然としてある、在宅医療が増えても医療機関との連携がうまくいかない、など多くの問題を抱えています。
 骨転移の診療は、まさに上記のような日本の医療の問題点の中で、象徴的な部分でもあると考えています。1つの科やメディカルスタッフのみで解決できることではなく、気軽に患者さんが体の痛みについて相談でき、それを医療者の間でも相談できることが必要です。多くの合併症を抱えた骨転移患者さんもたくさんおられ、何がその患者さんのプライオリティなのか、考えることも重要です。施設間での骨転移患者さんの診療にも、残念ながら格差は存在するため、これに対する均てん化をどのようにしていくか。病院間や在宅との間でもどのように対処するのがいいのかも大きな課題です。早期に骨転移の発見ができて、マネジメントを継続することが可能であれば、患者さんがつらい思いをせずに、治療や仕事の継続や生活の不安を軽減し、医療費を抑えて、ご家族の負担も減らすことができます。
 是非、多くの方々のご賛同やご協力を得て、がんの骨転移に苦しむ患者さんを一人でも少なく、最期まで自力で動けることを目指した診療が、どこにいてもできる社会をつくりたい。これが私たちの願いです。そのための啓発、研究や支援活動を、この研究会を通して行っていきたいと考えています。よろしくお願いいたします。

令和2年11月1日   髙木辰哉